浦和地方裁判所 昭和48年(ワ)244号 判決 1978年12月26日
原告(反訴被告)
有限会社星野電設
ほか六名
被告(反訴原告)
今井運壌開発株式会社
ほか一名
主文
(本訴請求について)
一 被告らは各自
1 原告会社に対し金六万円とこれに対する被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については昭和四五年一一月三〇日以降、各完済まで年五分の割合による金員
2 原告高際に対し金六九六万七一七二円と、内金五一〇万八四三五円に対する被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については昭和四五年一一月三〇日以降、内金六八万六四六四円に対する昭和五〇年四月四日以降、内金一一七万二二七三円に対する昭和五三年七月二五日以降、各完済まで年五分の割合による金員
の各支払をせよ。
二 原告会社及び原告高際のその余の請求、原告セツ、同洋子、同義美、同昇三の各請求は、いずれも棄却する。
(反訴請求について)
三 反訴被告らは各自反訴原告に対し金四一万三四四〇円とこれに対する昭和四八年六月五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
四 反訴原告のその余の請求は棄却する。
(訴訟費用等)
五 訴訟費用は
1 原告兼反訴被告会社と被告兼反訴原告会社及び被告長嶋との間、並びに反訴原告会社と反訴被告岡本との間においては、各自の負担
2 原告セツ、同洋子、同義美、同昇三と被告らとの間においては、被告らについて生じた分の四五パーセントを右原告らの負担、その余は各自の負担
3 原告高際と被告らとの間においては、原告高際について生じた分の六〇パーセントを被告らの負担、被告らについて生じた分の二〇パーセントを原告高際の負担、その余は各自の負担
とする。
六 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
(本訴請求の趣旨)
一 被告らは各自
1 原告会社に対し二三万九一二〇円とこれに対する被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については同月三〇日以降、各完済まで年五分の割合による金員
2 原告セツに対し三一七万三二七五円、原告洋子、同義美、同昇三に対し各二一一万五五一六円及び右各金員に対する被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については同月三〇日以降、各完済まで年五分の割合による金員
3 原告高際に対し一二五五万七一八二円と内二五五万四二一七円に対する被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については同月三〇日以降、内六八万六四六四円に対する昭和五〇年四月四日以降、内九三一万六五〇一円に対する昭和五三年七月二五日以降、各完済まで年五分の割合による金員
の各支払をせよ。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言
(本訴請求の趣旨に対する答弁)
一 原告らの各請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
(反訴請求の趣旨)
一 反訴被告らは各自反訴原告に対し五一万六八〇〇円とこれに対する昭和四八年六月五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。
(反訴請求の趣旨に対する答弁)
一 反訴原告の反訴請求を棄却する。
二 訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二本訴請求に関する当事者の主張
(請求原因)
一 反訴被告岡本は、昭和四五年三月一〇日午前八時三〇分ころ、埼玉県北埼玉郡北川辺村大字柏戸五〇六番地先の交差点、すなわち古河方面から佐野方面に通ずる直線道路(以下「直線道路」という。)と、古河方面から右直線道路を左斜めに折れて分岐し、館林方面に通ずる道路(以下「分岐道路」という。)との交差点を、館林方面から古河方面へ向け普通自動車(ライトバン)を運転して進行中、(以下右自動車を「原告車」という。)直線道路を古河方面から対向して来た被告長嶋運転の大型貨物自動車(ダンプカー、以下「被告車」という。)が衝突し、原告車に同乗していた星野義男が頭蓋底骨折、脳挫傷、顔面挫創の傷害を受けてこれにより同月一四日死亡し、同じく同乗していた原告高際は、脳挫傷、顔面挫創、右大腿骨々折の傷害を受けた。
二 本件事故は被告長嶋の過失により生じたものである。被告長嶋は古河方面から佐野方面に向けて直線道路を進行し、事故現場の交差点に差掛つた際、左前方分岐道路を館林方面から進行して来た原告車が、交差点に進入し被告車の進路を横切つたのを根にもつて、原告車へのいやがらせのため被告車を原告車に接近させ安全運転義務を怠つた過失があり、そうでないとしても、被告長嶋は交差点手前一五〇メートルないし一〇〇メートルの地点に差掛つたころ、原告車が交差点に進入を始めているのに気付かず漫然進行した前方注視義務懈怠の過失があり、右過失によつて本件事故が生じたのである。したがつて被告長嶋は、民法七〇九条により本件事故から生じた損害を賠償すべき責任がある。
三 被告兼反訴原告会社(以下単に「被告会社」という。)は、被告車を所有して運行の用に供している者であるから自賠法三条に基づく損害賠償責任、及び被告長嶋の使用者であつて本件事故は被告長嶋の被告会社業務執行中に生じたから民法七一五条に基く損害賠償責任がある。
四 原告兼反訴被告会社(以下単に「原告会社」という。)は、本件事故により四七万八二四〇円の物的損害を被つた。すなわち、原告車は原告会社の所有であつたところ、本件事故で大破し、使用不能に帰したが、右原告車は昭和四四年一二月五日に代金七八万四〇〇〇円で購入したセドリツクライトバンであり、事故当時までの原価消却率は三九パーセントであつて時価四七万八二四〇円であつたから、原告会社の損害額は右時価相当額である。
五 原告セツは亡星野義男の妻であつた者であり、原告洋子、同義美、同昇三は、右亡義男の嫡出子であつて、亡義男が本件事故で被つた損害の賠償請求権を共同で相続した。その持分は原告セツが九分の三、原告洋子、同義美、同昇三が各九分の二である。
ところで亡義男は、次のとおり得るべき筈の利益を失つた。すなわち、亡義男は大正一五年七月五日生れで、死亡当時、原告会社の代表取締役として月額一二万円の給与を受けていたから、なお二九年右同様の収入を得た筈であり、そのうち毎月生活費として支出すべき三万円を控除した総額が亡義男の逸失利益というべきであるが、その事故時における現価をホフマン式計算法により算出すると、一九〇三万九六五八円である。したがつて、原告セツは右損害の九分の三に当る六三四万六五五〇円、原告洋子、同義美、同昇三は各九分の二相当の四二三万一〇三三円について、賠償請求権を承継したことになる。
六 原告高際が本件事故で負傷した損害の額は次のとおりである。
(一) 治療費 二二四万三三九九円
(二) マツサージ代 三九万〇五〇〇円
(三) 薬代 一三万一〇〇〇円
(四) 休業損害 二三二万一五〇六円
原告高際は、本件事故当時は月額五万二五〇〇円の給与を得ていたが、本件事故以来昭和五三年三月末日まで八年間休業を余儀なくされた。そのうち三年と二五〇日分相当の額が二三二万一五〇六円である。
(五) 労働能力喪失による逸失利益 五九四万四九九五円
原告高際は昭和二七年九月一四日生れで、昭和五三年三月末現在満二五歳であるが、本件事故で負傷し、言語障害、右膝関節運動障害、右下肢短縮障害の後遺症が生じ、四五パーセント相当の労働能力を喪失した。これによる損害額は、事故時の収入月額五万二五〇〇円に対する四五パーセントに当る二万三六二五円の昭和五三年三月末以後就労可能な三八年間の総額というべきであり、その現価をホフマン式計算法により算出すると五九四万四九九五円となる。
(六) 慰藉料 四〇八万円
受傷に対する慰藉料として二四〇万円、後遺障害に対する慰藉料として一六八万円合計四〇八万円とするのが相当である。
以上のとおりで、その合計は一五一一万一四〇〇円となるが、そのうち一〇〇万円については自賠責保険金をもつて充当したから残額は一四一一万一四〇〇円である。
七 よつて被告ら各自に対し、
(一) 原告会社は損害金四七万八二四〇円中、差当り二三万九一二〇円とこれに対する本件訴状の送達された翌日である被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については同月三〇日以降、各完済まで年五分の割合による遅延損害金、
(二) 原告セツは亡義男逸失利益承継分六三四万六五五〇円のうちの一部三一七万三二七五円、原告洋子、同義美、同昇三は同じく各四二三万一〇三三円の一部二二一万五五一六円と右各原告とも当該金員に対する本件訴状送達の翌日である被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については同月三〇日以降、各完済まで年五分の割合による遅延損害金、
(三) 原告高際は損害金一四一一万一四〇〇円の一部である一二五五万七一八二円と内二五五万四二一七円に対する被告会社については昭和四五年一一月二九日以降、被告長嶋については同月三〇日以降、内六八万六四六四円に対する昭和五〇年四月四日以降、内九三一万六五〇一円に対する昭和五三年七月二五日以降、各完済まで年五分の割合による遅延損害金
の各支払を求める。
(答弁)
一 請求原因一中、原告主張のとおり原告車と被告車が衝突し、星野義男と原告高際が受傷したが、星野義男は原告主張の日に死亡したことを認める。星野義男の受傷部位及び原告高際の受傷部位、程度は知らない。
二 同二は否認する。後に主張するように、本件事故は、反訴被告岡本の一方的な重過失によつて生じたのである。
三 同三中、被告会社の責任については争うが、主張事実は認める。
四 同四中、原告車の破損を認めるが、その余の事実については知らないし、賠償義務を争う。
五 同五中、主張事実は知らない。損害額については争う。亡義男の就労可能年数は一七年であり、また同人の生活費を収入の五〇パーセントとすべきである。
六 同六の損害について争う。
(抗弁)
一 被告会社の免責
被告車が進行して来た古河方面から佐野方面に通ずる直線道路は、幅員約八メートルであるのに対し、原告車が進行して来た右道路から館林方面に分岐する道路は幅員約六メートルで、右分岐道路には、交差点に入る前に一時停止の標識が設置されている。被告車は毎時五〇ないし五五キロメートルの速度で進行し、交差点に差掛つた際、突然原告車が館林方面から分岐道路を進行して来て交差点に進入し、被告車の進路を被告車の直前で横切つたので、被告長嶋は直ちに急制動操作を施すと共に進路を右に変えて避譲に努めたが、間に合わず衝突するに至つた。すなわち、右事故は、原告車を運転していた反訴被告岡本の一時停止及び安全確認義務を怠つた重大過失に起因するのであつて、被告長嶋には右事故につき全く過失はなく、かつ被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。
二 過失相殺
仮に、被告長嶋に過失があり、被告らに原告ら主張の責任があるとしても、前主張のように、反訴被告岡本にも重大過失があり、両者の割合は、被告長嶋の過失が二であるのに対し反訴被告岡本の過失は八というべきところ、本件事故当時、原告会社は反訴被告岡本の使用者であつたから、また亡星野義男は原告会社の代表取締役として反訴被告岡本に対して指揮監督すべき地位にあつた者であり、原告高際は反訴被告岡本と同様、原告会社の従業員であつたから、反訴被告岡本の過失は右の者らの過失と同視すべきである。したがつて被告らは原告らに対し八〇パーセント以上の過失相殺を主張する。
三 原告らの損害の填補
原告セツ、同洋子、同義美、同昇三は、本件事故による損害の填補として、自賠責保険金一〇〇〇万円の支払を受け、原告高際は同じく一〇〇万円の支払を受けた。
(抗弁に対する答弁)
一 抗弁一及び二は争う。
二 抗弁三の事実は認めるが、原告星野らは支払を受けた保険金をもつて、同人らの夫又は父たる亡義男が本件事故で死亡したことに基づく右各原告の慰藉料に充当した。
第三反訴請求に関する当事者の主張
(請求原因)
一 本訴請求原因のとおり、被告会社所有の被告車と原告車が衝突し、被告車は大破した。
二 本件事故は反訴被告岡本の過失により生じた。
三 原告車を運転していた反訴被告岡本は、原告会社の被用者であつて、本件事故当時、原告会社の業務に従事していたから、原告会社は使用者責任に基づき被告会社の損害を賠償すべきである。
四 被告会社の損害額は、被告車修理代二一万六八〇〇円と事故当日から昭和四五年四月八日まで三〇日間の被告車使用不能による一日当り一万円の割合による損害三〇万円との合計五一万六八〇〇円である。
五 よつて被告会社は原告会社及び反訴被告岡本の各自に対し右損害五一万六八〇〇円とこれに対する本件反訴状送達の翌日である昭和四八年六月五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(答弁)
一 請求原因一は認める。
二 同二は否認する。
三 同三中、原告会社の責任を争い、主張事実は認める。
第四証拠関係〔略〕
理由
一 原告ら主張の日時に、原告ら主張の交差点において、原告ら主張のとおり進行中の反訴被告岡本運転の原告車と、被告長嶋運転の被告車が衝突して原告車、被告車共に破損し、原告車に同乗していた星野義男と原告高際が受傷し、星野義男は同月一四日死亡したこと、は当事者間に争いはない。
二 原告ら主張の写真であることに争いのない甲第一号証の一ないし四、いずれも成立に争いのない甲第六号証の一ないし三、第七号証の一、三、第八号証の一、二、証人石田昌彰、同森修一の各証言、取下前原告岡本松一、被告長嶋皓の各本人供述を合せると(但し後記採用しない部分を除く。)、
本件事故現場の交差点は、信号機の設置はなく、被告車が進行して来た直線道路は、幅員七・八メートルであるのに対し、原告車が進行して来た分岐道路は幅員六メートルで、かつ交差点手前に一時停止の標識が設置されていたこと、
両道路とも制限速度は、法定の最高速度、したがつて大型自動車である被告車にとつては毎時五五キロメートル、普通自動車である原告車にとつては毎時六〇キロメートルであること、
交差点附近の見通しは、良好であること(もつとも館林方面へ左に分岐する道路は、交差点の先の方で下り坂となつている。)、
反訴被告岡本は、分岐道路から交差点に進入する前、右斜め前方古河方面から直線道路を進行して来る被告車を認めつつ交差点手前で一旦停止したが、被告車が交差点に至るまでには交差点内の同車の進路を横切ることができると判断して、左斜め後方の直線道路を佐野方面から来る自動車のないのを確認しながら発進し、再度被告車に目を転じた時は、既に被告車は自車の直前まで接近していて衝突の危険を感じたので、直ちに衝突を避けるべく、ハンドルを左に切つたが、直線道路の中央線附近の同線を越える手前、すなわち被告車の進路に当る地点で、自車の前部左側を被告車に衝突させたこと、
一方被告長嶋は、毎時約五五キロメートルの速度で進行中、原告車が前方左の分岐道路から進行して来るのを発見したが、その進路交差点手前に一時停止の標識があつて、自車進路が優先道路であつたので、自車が交差点を通過するまで原告車が停止するものとの期待から、特に原告車に意を用いることなく進行していたため、原告車が一時停止後発進して交差点の自車進路に進入したのに気付かず、原告車が自車の直前に接近して始めて気付き、突嗟に危険を感じて急ブレーキをかけハンドルを右に切つたが間に合わず、自車の左前部を原告車に衝突させたこと、
事故当時、現場附近の交通は閑散で、直線道路を進行していたのは被告車のみであり、原告車が進行して来た分岐道路には、原告車の後方を追進して来る自動車が一台あつたのみであること、
以上の事実を認めることができる。前掲甲第七号証の一、三、第八号証の一、二、取下前原告岡本及び被告長嶋各本人供述中、右認定に反する部分は採用しない。
右認定の事実によれば、原告車を運転していた反訴被告岡本は、被告車が自己の進行道路と交差し、これより優先する直線道路を進行して来るのを認識しながら、被告車の動向に注視して安全を確認する義務を怠り、漫然、被告車が交差点に至るまでには、その進路を自車が通過できるものと軽信して交差点に進入した過失があり、また被告長嶋もその進行道路から左に分岐する道路を、交差点に向つて進行して来る原告車を認識しながら、その動向に注視して安全に交差点を通過すべき義務を怠り、自車が交差点を通過するまで原告車が停止し、避譲して呉れるものと軽信して漫然進行した過失があり、本件事故は右両過失が競合して発生したのであつて、その割合は、被告車の進行道路が優先道路であることに徴して、反訴被告岡本の過失八に対し、被告長嶋の過失を二と認めるのが相当である。したがつて、被告長嶋は、原告会社、亡義男とその遺族及び原告高際の本件事故による損害を賠償すべき責任があり、反訴被告岡本は、被告会社の損害を賠償すべき責任がある。
三 被告会社が被告車を所有して運行の用に供している者であること、被告長嶋が被告会社の被用者であつて、被告会社の業務執行中に本件事故を起こしたこと、について当事者間に争いはない。したがつて被告会社は、被告車の運行供用者及び被告長嶋の使用者として、同被告と連帯して損害を賠償する義務がある。
被告会社は、運行供用者責任につき、免責を主張するけれども、その理由のないことは、前二判示のとおり被告車の運転者に過失がある以上、明白である。
四 原告会社が反訴被告岡本の使用者であること、本件事故は反訴被告岡本が原告会社の業務に従事中に発生したこと、は当事者間に争いはないから、原告会社は反訴被告岡本の使用者として、同人と連帯して損害を賠償する責任がある。
五 原告ら主張の写真であることに争いのない甲第一号証の一ないし四、成立に争いのない甲第六号証の二、三、被告ら主張の写真であることに争いのない乙第一号証の八によれば、原告車の破損は著しく、使用不能に帰したと認められる。原告会社は本件事故時の原告車の評価額が四七万八二四〇円と主張するけれども、これを認めるに資する証拠はないから、同額の損害を被つたとの主張は採用するに由ない。しかしながら前掲各写真によつて推認される原告車の事故前の形状、弁論の全趣旨から窺われる原告車のおよその使用経過年数及び一般の常識から推認される自動車の取引相場水準等に徴し、右損害額を最も控え目にみても、三〇万円を下ることはないと認められ、この認定を左右する証拠はない。ただ、本件事故については反訴被告岡本にも過失があり、同人は原告会社の被用者で業務に従事中であつたから、同人の過失を原告会社側の過失として過失相殺することとし、前示の反訴被告岡本の過失割合に応じて八割を減額した六万円をもつて被告らの賠償すべき額と認める。
六 成立に争いのない甲第二八号証によれば、亡星野義男は大正一五年七月五日生れで、死亡した昭和四五年三月当時四三歳であつたことを認めることができ、成立に争いのない甲第八号証の一及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証によれば、同人は死亡時、原告会社の社長であつて、月額一二万円の給与を得ていたことを認めることができる。そこで、亡義男の稼働可能期間は六三歳まで二〇年と認めるのが相当であるから、同人はなお右期間月額一二万円相当の収入を得た筈であつて、そのうち三割を同人の生活費として控除した残額をもつて同人の逸失利益というべきであるが、その現価をホフマン式計算法(係数一三・六一六)により算出すると一三七二万四九二八円となる。ところが亡義男は原告会社の社長であつたものであるから、使用者たる原告会社に準ずる地位にあるものとして、反訴被告岡本の過失をもつて過失相殺すべきである。そうすると、亡義男の前示逸失利益一三七二万四九二八円のうち、八割を減じた二七四万四九八六円が、被告らの賠償すべき金額というべきである。
成立に争いのない甲第二八号証によれば原告セツは亡義男の妻、原告洋子、同義美、同昇三は亡義男の子であつて同人を共同で相続した者であることが認められるから、亡義男の逸失利益賠償請求権は右原告らに各相続分に応じて承継されたことになる。ところで右原告らは、本件事故による損害の填補として、自賠責保険金一〇〇〇万円の給付を受けたことを認めて争わないが、これを右原告らの慰藉料に充当した旨主張する。しかしながら、右原告ら各自の慰藉料の総額は、被告らが賠償すべき亡義男の逸失利益二七四万四九八六円と合せても一〇〇〇万円を越えない範囲の額と認めるのが相当である。このことは、右一〇〇〇万円の保険金をもつて右原告らの慰藉料のほか、同人らが賠償請求権を承継した二七四万四九八六円の亡義男の逸失利益も填補されたというべきことを意味する。結局、右原告らの損害賠償債権は、すべて弁済によつて消滅したといわなければならない。
七 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証の三、成立に争いのない甲第一〇号証、証人高際キクの証言、原告高際本人の供述によれば、原告高際が本件事故で受けた傷害は、脳挫傷、顔面挫傷、右大腿骨々折で、右傷害及びこれから派生した右大腿骨偽関節、右膝関節拘縮の治療のため、事故当日の昭和四五年三月一〇日から同年六月一〇日まで赤嶺病院に、右同日から昭和四六年二月二七日までと同年六月一八日から同月三〇日までの二回館林厚生病院に各入院し、また昭和四六年二月二八日から同年六月一七日まで及び同年七月一日から昭和四七年四月一七日まで右同病院に通院したことを認めることができるところ、右受傷による損害は以下のとおりである。
入通院治療費 二二四万三三九九円
弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五号証の一によれば、原告高際は赤嶺病院に対し、入院治療費を一四八万七五九九円支払つたことを認めることができ、また弁論の全趣旨により真正に成立したと認められ甲第五号証の二、証人高際キクの証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一二号証の一ないし二五、第一三号証の一ないし二六、第一四号証の一ないし一六、第一五号証の一ないし七、第一六号証の一ないし一三、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし九、第一九号証の一ないし一一、第二〇号証の一ないし七、第二一号証の一ないし八、第二二号証の一ないし八、第二三号証の一ないし五、第二四号証の一ないし六、第二五号証の一ないし三、によれば、館林厚生病院における原告高際の入通院治療費は、七五万五八〇〇円以上であることを認めることができ、結局原告高際の本件事故による傷害の治療費として、同原告主張の二二四万三三九九円を要したことが明らかである。
休業損害 一二八万四三九三円
前掲甲第一〇号証、原本の存在とその成立について争いのない乙第六号証によれば、原告高際の負傷は、昭和四七年四月一七日限りでその治療が終り、同年六月二〇日負傷の治ゆ及び後遺障害の固定の診断を下されたことが認められる。そうして前掲甲第一二ないし二五号証の前掲各枝番の書証の日付によつて認められる原告高際の通院状況からすれば、同原告は昭和四七年三月末日までは、本件事故による負傷のため休業を余儀なくされたと認めることができる。原告高際は昭和五三年三月末日まで休業したと主張するけれども、右主張を認めるに足りる証拠はなく(かえつて原告高際本人の供述によれば、退院後は就労可能な状況にあつたと推認される。)、仮に右主張の時期まで休業したとしても、本件事故との相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。
次に、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証の三によれば、原告高際は本件事故当時月額平均五万二〇〇〇円の給与を得ていたことが認められ、右認定に反する原告高際本人の供述はたやすく採用することはできない。そうすると、原告高際は本件事故の発生した昭和四五年三月一〇日から昭和四七年三月末まで二四月(二年)二一日間の休業損害を被つたことになり、その総額は一二八万四三九三円である。
労働能力喪失による逸失利益 一四三万九三八〇円
前掲甲第一〇号証、乙第六号証、成立に争いのない乙第七号証によれば、原告高際は本件事故で受けた大腿骨々折が原因で、右下肢が二センチメートル短縮しており、これは自賠法施行令第二条の後遺障害別等級表の第一三級九に該当し、これによる労働能力喪失率は九パーセントとされていることを認めることができる。次に前同各証拠によれば、正常の膝関節の生理的運動領域は一三五度ないし一四五度であるのに対し、原告高際の右膝関節は屈曲四五度、伸展一六〇度でその運動領域は一一五度であるけれども、後遺障害別等級表第一二級七にいわゆる「関節の機能に障害を残すもの」とは、その関節の運動可能領域が生理的運動領域の四分の三以下に制限されたものをいうから、原告高際の右膝関節の運動機能の障害は前記等級表の一二級には該当しないし、同表中には右障害が直接該当すべき項目は見当らない。しかし右程度の障害であつても前示の下肢短縮による障害と競合することによつて、下肢短縮のみの場合より労働能力により大きな影響を及ぼすと考えられる。右事情に鑑みると、原告高際は労働能力を一一パーセント喪失したと認めるのが相当である。なお原告高際は、言語障害の後遺症をも主張するけれども、前掲乙第六号証は右主張を認めるには足りないし、他にこれを認めるに資する証拠はない。ところで、前掲甲第二号証の三、第一〇号証、乙第六号証によれば、原告高際は昭和二七年九月一四日生れであることが認められるから、同原告主張の昭和五三年三月末現在、満二五歳であつて、その後同原告主張のとおり三八年間稼働可能というべきである。したがつて、右期間中、事故前得ていた前示給与年額六二万四〇〇〇円(月額五万二〇〇〇円)の一一パーセントに当る年額六万八六四〇円(一か月五七二〇円)の割合により得た筈の収入を失つたということができる。その総額について、原告主張起算時の昭和五三年三月末日現在における価格をホフマン式計算法(系数二〇・九七〇)により算出すると一四三万九三八〇円である。
慰藉料 三〇〇万円
原告高際の受傷による慰藉料は、前示の入通院期間、後遺障害その他諸般の事情に照して、三〇〇万円が相当である。
以上、原告高際の損害合計は七九六万七一七二円と認められる。原告高際は、右判示の損害のほか、マツサーヂ代三九万円及び薬代一三万一〇〇〇円の支出による損害をも主張し、証人高際キクの証言により真正に成立したと認められる甲第二六号証の一ないし六、第二七号証の一ないし三六、原告高際本人の供述によれば、原告高際はマツサーヂ師風間三郎のマツサーヂ治療を受け、その代金合計三九万円、また株式会社千代田から強力エメラルドグリーンなる薬を購入して服用し、その代金合計一三万一〇〇〇円、をそれぞれ支払つたことが認められる。
しかしながら原告高際本人の供述によれば、マツサーヂを受けたのは医師の指示によるものではなく、知人の勧めに応じたものであること、右薬の服用も医師の指示があつたからではなく、足に悪い血が溜るので血をきれいにするためとの素人判断に基くものであることが認められるに過ぎず、右マツサーヂや薬の服用が本件事故による傷害の治療として適切不可欠のものであつたと認めるに足りる証拠はない。したがつて、そのための費用の支出が本件事故と相当因果関係に立つと認めることはできない。
次に被告らは、原告高際が反訴被告岡本と同様、原告会社の従業員であるから、右岡本の過失を原告高際側の過失として同原告の損害を確定するについて参酌すべきである旨主張する。原告高際が原告会社の従業員であつたことは、同原告本人の供述からも明らかではあるけれども、だからといつて右事実関係のみでは、原告高際が反訴被告岡本と身分上又は生活関係上一体をなす者ということはできないから、被告らの右主張は採用に由ないというべきである。そうすると、被告らは前示高際の損害合計七九六万七一七二円を賠償すべきであるといわなければならないが、原告高際は右損害の填補として自賠責保険金一〇〇万円の給付を受けたことを認めて争わないから、これを控除した残額六九六万七一七二円が被告らの支払うべき金額である。
八 被告会社代表者の供述とこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証の一、二、第四号証に弁論の全趣旨を合せると、被告会社は本件事故でその所有の被告車が破損したため、修理費用二一万六八〇〇円を支出したこと、被告車は被告会社の営業用自動車で、建築材料の運搬に供せられていたが、右修理のため昭和四五年三月一〇日から同年四月八日まで三〇日間業務に使用することができず、その間被告会社は代車の借用を余儀なくされ、一日当り一万円合計三〇万円の費用を要したことが認められる。右合計五一万六八〇〇円は、本件事故により被告会社の被つた損害というべきであるが、本件事故については、被告会社の業務に従事中であつた被告長嶋にも過失があつたこと前示のとおりであるから、これを被告会社側の過失として過失相殺するのが相当である。そこで前示の過失割合に従つて、被告会社の損害五一万六八〇〇円中二割相当を減額した四一万三四四〇円をもつて、原告会社及び反訴被告岡本の賠償すべき額と認める。
九 以上のとおりであるから、被告会社及び被告長嶋は各自、原告会社に対し金六万円とこれに対する本件事故発生時以降完済まで年五分の割合による遅延損害金、原告高際に対し金六九六万七一七二円とこれに対する本件事故発生時以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、また原告会社及び反訴被告岡本は、各自、被告会社に対し金四一万三四四〇円とこれに対する本件事故発生時以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
よつて、原告会社と原告高際の本訴請求及び被告会社の反訴請求はいずれも右限度において相当と認めて認容し、その余の請求及び原告セツ、同洋子、同義美、同昇三の本訴各請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 真栄田哲)